『遠い山なみの光』ノーベル賞作家カズオ・イシグロの長編の感想レビュー

今回は、ノーベル賞作家カズオ・イシグロの

『遠い山なみの光』(『女たちの遠い夏』改題)をご紹介します。

戦後の長崎を描いた、幻想的で夢の世界を漂うような小説です。

カズオ・イシグロは日本生まれでイギリス在住。

小さい頃に日本を離れたので、日本の記憶はほとんどなく、日本語も話せません。

それでも、日本人から目から見ても全く違和感のない戦後の長崎が描かれています。

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あらすじ

イギリス在住の「わたし」の長女、景子が首を吊って亡くなりました。

次女ニキは景子とは仲が悪く、葬儀にも出ませんでした。

「わたし」は最近、戦後長崎に住んでいた頃の友達をよく思い出します。

夏の数週間の間だけしかの交友のなかった佐知子。

当時長崎は子どもが殺される事件が頻発していました。

佐知子には娘が一人いましたが、彼女はなぜか「わたし」を怖がり、縄を怖がります‥‥。

原爆の傷痕が生々しい戦後の長崎が舞台

この小説『遠い山なみの光』は、原爆の影響が色濃く残っている長崎を舞台にしています。

戦後の混乱と貧困、価値観の激変、物資の不足、精神的トラウマ、戦争が終わった後もそういうものに苦しむ人々の苦悩が描かれています。

カズオ・イシグロは、日本で暮らした両親から色々と話を聞いて、この小説を書いたそうです。

作品を読むことで、苦しむ人々へ向けられるイシグロの暖かい思いやりを感じます。

母親による子殺しがテーマ、凶器は縄

主人公である「わたし」悦子が住んでいた長崎では、

子どもが殺される事件が連続して起こり、

三番目の被害者の女の子は木に吊るされた姿で発見されます。

悦子の長女はイギリスで首を吊って亡くなります。

悦子が縄を手にするシーンが複数あります。

そして、それを見た女の子に

「なぜ、そんなものを持ってるの?」と聞かれ、なんでもないと答えます。

死んだ長女のことを近所の人に尋ねられて、

まるで長女が今も生きているかのような返事をします。

死んだ長女景子について思いやりや愛情を伺わせるような記述はありません。

一方で、子どもや子猫を殺すシーンの狂気と憎悪は

不気味でグロテスクで醜さをたたえて、読者に迫ります。

例えるなら、この小説は、いわば、

情況証拠と怪しい容疑者悦子の矛盾する供述があるだけです。

読者を、幻想的なラビリンスに誘い込むように計算された小説です。

主人公悦子と佐知子の関係(↓↓↓ネタバレあり!!!)

以下ネタバレを含みますので、ネタバレOKな方のみ文字を反転させてお読み下さい。

誰かに自分の悩みを相談する時、友達の話として話したことはありませんか?

この小説の主人公がまさにそれ!

主人公「悦子」が友達だという「佐知子」は実は「悦子」自身のこと。

本文において、「わたし」と「佐知子」の境界は曖昧で、一人の人間の別の側面、別の時期、を虚実ない交ぜにして描いています。

この小説は、はっきりしない謎を解く小説ではありません。

謎は謎のまま、そのまま受け入れて、そのミステリアスな謎自身を楽しみ、その霧の向こう側にうっすら見える本質(人間という生き物の本質)を体感するのが大切かなと思います。

ま と め

この小説は、醜悪で冷たい重奏低音が響く陰鬱なダーク・ファンタジーです。

小説の表面的な記述を信用せずに、その奥にある真実を探ってみるのが醍醐味です。

悪夢のような迷路の世界に踏み込んでみませんか?

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。




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